尾道の通称「猫の細道」を下っていたら、どこからともなく一匹の猫が現れた。私に無関心を装いながらも、品定めを始めたようだった。
「もう良いですか」
私はその猫氏に品定めが終ったか尋ねると
(ああ、いいよ。ちょいと頼みがあるんだが...)
そう言って、私の顔を見上げた。
(あんたには不釣り合いなほどの良いカメラをぶら下げてるじゃあないか。そのカメラでオレを撮ってくれないかな)
猫氏はそう言うと大きな欠伸をした。
そうそう、言い忘れたが、私はかの南方熊楠と同様に猫の言葉が分かるのである。戌年生まれのくせに猫の言葉が分かるなんておかしな話だが、こればかりはどうしようもない。
「そりゃあ構いませんが、どこで撮りましょうか」
私がそう言うと、猫氏はくるりと背を向けて、急な石段を登り始めたではないか。私は慌ててそのあとを追いかけた。
やがてとある茶房のウッドデッキにひょいと飛び乗ると、私に目で合図を送って来た。
(ここ)
「ここですか」
(そう、オレのお気に入りの場所)
「それでは早速」
(おうおう、ちょっと待ってくれ。ポーズを決めるからさ)
猫氏はウッドデッキの柱に身体を寄せて、にゃあと一声鳴いてみせた。どうやらそれが準備OKの合図らしかった。
私はカメラを構え、おすまし顔の猫氏にレンズを向けると立て続けにシャッターを切った。
「すみません。目線ください」
(こうか?)
「ハイ、良いですねぇ。決まってますよ」
こうしてにわかに始まった撮影会は終了した。
別れしなに「出来上がった写真はどうしましょうか」と尋ねると、ウッドデッキの上にでんと腰をおろしたまま「ここへ送ってくれよ」とそれが当然であるかのような顔をした。
私は困惑して「住所が分かりません」と答えると「それなら届けておくれ」と、これまた当たり前のような顔をしてみせた。
「届けてくれと言われても私は旅の者でして、もうここには来れないかもしれないのです」
申し訳なさそうにそう言うと、一瞬考え込むような表情を見せた猫氏は静かに私の方を向き直り(いや、あんたはまたここへ来るよ。必ずな)と言った。
やけに自信ありげなその言葉に
「そうですかねぇ。来ますかねぇ」と答えると、猫氏はまた大欠伸をひとつ。
その時、坂道を一陣の風が吹き抜けて行った。思わず目を瞑る私。そしてふたたび目を開けた時には、例の猫氏の姿はどこにも見えなかった。
「こんなことってあるんですねぇ。また来ましょうか、尾道へ」
独り言のように呟きながら、私は石段をゆっくりと降りて行った。
「もう良いですか」
私はその猫氏に品定めが終ったか尋ねると
(ああ、いいよ。ちょいと頼みがあるんだが...)
そう言って、私の顔を見上げた。
(あんたには不釣り合いなほどの良いカメラをぶら下げてるじゃあないか。そのカメラでオレを撮ってくれないかな)
猫氏はそう言うと大きな欠伸をした。
そうそう、言い忘れたが、私はかの南方熊楠と同様に猫の言葉が分かるのである。戌年生まれのくせに猫の言葉が分かるなんておかしな話だが、こればかりはどうしようもない。
「そりゃあ構いませんが、どこで撮りましょうか」
私がそう言うと、猫氏はくるりと背を向けて、急な石段を登り始めたではないか。私は慌ててそのあとを追いかけた。
やがてとある茶房のウッドデッキにひょいと飛び乗ると、私に目で合図を送って来た。
(ここ)
「ここですか」
(そう、オレのお気に入りの場所)
「それでは早速」
(おうおう、ちょっと待ってくれ。ポーズを決めるからさ)
猫氏はウッドデッキの柱に身体を寄せて、にゃあと一声鳴いてみせた。どうやらそれが準備OKの合図らしかった。
私はカメラを構え、おすまし顔の猫氏にレンズを向けると立て続けにシャッターを切った。
「すみません。目線ください」
(こうか?)
「ハイ、良いですねぇ。決まってますよ」
こうしてにわかに始まった撮影会は終了した。
別れしなに「出来上がった写真はどうしましょうか」と尋ねると、ウッドデッキの上にでんと腰をおろしたまま「ここへ送ってくれよ」とそれが当然であるかのような顔をした。
私は困惑して「住所が分かりません」と答えると「それなら届けておくれ」と、これまた当たり前のような顔をしてみせた。
「届けてくれと言われても私は旅の者でして、もうここには来れないかもしれないのです」
申し訳なさそうにそう言うと、一瞬考え込むような表情を見せた猫氏は静かに私の方を向き直り(いや、あんたはまたここへ来るよ。必ずな)と言った。
やけに自信ありげなその言葉に
「そうですかねぇ。来ますかねぇ」と答えると、猫氏はまた大欠伸をひとつ。
その時、坂道を一陣の風が吹き抜けて行った。思わず目を瞑る私。そしてふたたび目を開けた時には、例の猫氏の姿はどこにも見えなかった。
「こんなことってあるんですねぇ。また来ましょうか、尾道へ」
独り言のように呟きながら、私は石段をゆっくりと降りて行った。
コメント
尾道までおいででしたか? ちょいと足を延ばして しまなみ海道 をお渡りになれば・・・・
私も長旅に出ておりました。仙台港へちょいと寄港し港近くのイオンで買い出しを。
地元のお年寄りの声掛けに、方言が優しくてほっこりして会話をしました。
なにせ前日の荒れ狂う波に40年ぶりにリバースして体重が2.5㎏も減少したのです。
いやなに、復活はすぐさま完了した上に2.5㎏オーバーした旅になりましたけど。。
私は江別でカッコいいニャンコに出会いましたよ。普段あまり興味を示さないのですが
ポニーのいる場所に案内してくれた上に、いいポーズをとってくれたのでカメラを向けないわけにはいきませんでした。
旅から帰ると娘が一言。「あーー、こんなことならGOプロを買ってあげればよかった」と。
後からいうな! でございました。
次は是非、四国にも足をお運びくださいませ。
妻が「しまなみ海道」を渡りたいと以前から話していたのですが、今回はどうしても都合がつかず、また次回にということになってしまいました。
私としては念願だった尾道や倉敷、宮島への旅が出来て大変満足しているのですが、やはり一度だけというのは物足りないものがありますね。まだまだ見足りないといいますか、もっとじっくり腰を据えて瀬戸内や、庵さんの四国にも足を運びたいなと思います。
ところで船旅で仙台港へ寄港されたのですね。港のすぐそばのイオンへは、私もちょくちょく顔を出すのですよ。割と家が近いものですから。
それにしても2.5kgも一気に減量されたとは、恐るべし荒海ダイエットでしたね。参考?になります。
庵さんが撮られたというニャンコさまの写真を拝見してみたいものです。私も今回はネコさまに撮らされてしまったという感じでしたが、とても楽しいひとときでした。
そうそう、次は是非GOプロをお持ちください。私は持って行きましたよ。尾道の坂道ではブレないので大活躍でした。小型で軽量というのも旅にはうってつけですしね。
尾道と言えば「猫」ですよね。ヒコヒコさんは会話が出来るんですね(^^♪ 我が家のネコとの会話は、現実的なものです(ーー゛) 写真撮ってもいい?ダメ~!遊ぼ!ヤダ~! あちらの要求は全て叶えてあげるのに、こちらのお願いはほぼ却下!! ヒコヒコさんとの優雅な会話は無いです(涙)
小説の舞台にも、何度も出てきます。
私も、まだ行ったことは無いですが、憧れますね~。
階段の先のお寺さんから、ひょっこり、寅さんが出てきたりして…。(笑)
尾道はご縁がある土地だったのですね。私も今回、まるで引き寄せられるかのように行ってきました。若き日に観た「転校生」も動機のひとつだったのですが、ようやく願いを果たせたという感じです。
さて、猫さんとの会話は楽しかったですよ。もちろん頭の中だけでの会話でしたが、こんなにゆったりとした時間を過ごすことが出来たなんて、いったい何年振りのことでしょうか。
出来上がった写真を持って、また行ってみたい処ですね。
小説や映画の舞台になる町って、どこかにロマンの香りが漂っていますよね。
「東京物語」や「転校生」、そして「時をかける少女」に「さびしんぼう」等々。
そこに行けば彼らに会えそうな気がしてしまう。尾道はそんな町でした。
そうそう、階段の先から寅さんが「おう、どうしたい。尾道まで一人旅かい?」なんて声を掛けられそうな雰囲気がありましたよ。
尾道の細道に猫ちゃんはとても似合いますね。
食いしん坊の私は尾道と言えばラーメンとなりますけど。笑
尾道って映画の舞台に沢山使われますよね。やはり風情があるんでしょうね。
私も今度広島へ行くときは尾道へも足を伸ばしたいと思います。
それとしまなみ海道。憧れますね〜〜!!
「猫の細道」での出会いをショート・ストーリーにまとめてみました。
猫好きの方ならきっと思い出に残る場所になると思います。
昔から「犬」や「猫」には何故か好かれるタイプのよううでして、今回も猫氏の方から私に擦り寄って来ました。
こういう場所ですから、人馴れしているのかもしれませんが。
もちろん尾道ラーメンも食べて来ましたよ。私の入った店は海岸通りにある店でしたが、大勢の芸能人も来店しているようでした。
次に来た時には是非「しまなみ海道」を走ってみたいと思います。
ヒコヒコさんの筆の力でどうでしょう、原稿を書かれては?
それだけ落ち着いた良文に感じましたよ。
私の駄文なんて、とてもとても夏目漱石先生の足元にも及びません。
ただ、こういう文章って、書いている自分自身が楽しくなりますね。
文章もそうですが、今回、猫の写真に開眼致しました。岩合先生じゃありませんが、猫の写真にもトライしてみたくなった今回の旅行でした。