松本城と北アルプス 其の二
2019年2月7日 エッセイ コメント (8)
ライトアップされた松本城に魅せられているうちに、身体は完全に冷え切ってしまった。
妻からは空腹を訴えられ、何か信州の美味しいものでも食べに行こうと急かされた。
あまり遠いところへ行くのも寒いから嫌だと、ホテルの近くを歩き回っていると、居酒屋風の蕎麦屋を発見。早速入ってみることにした。
暖房が効いた店内はそれほど広くはないが、先客の男女グループが盛り上がっているところだった。何やら難しい言葉を交わしているところをみると、知的レベルの高そうな人たちである。年齢も30~40歳代といったところか。私も仕事柄、その方面には鼻が利く方なので、おそらく大学関係者なのかもしれない。
私と妻は店の隅に陣取り、早速メニューで品定めをする。やはり目は自然に馬肉を探しているが、蕎麦が食べられない妻は、鍋焼きうどんを見つけて小躍りしていた。
結局、悩んだ末に頼んだのは、馬刺しと馬肉の信州みその朴葉焼き、それから蕎麦刺しだった。特に蕎麦刺しは生まれて初めて食べる物で、蕎麦を板状に薄く伸ばし、刺身のように切ったものだ。それを山葵醤油につけて食するというもの。妻には悪いが、この日私が一番はまったのがこれだった。
ところでこの日は、全豪オープン女子シングルス決勝だったが、店内のテレビでもその模様が流されていた。大坂なおみ選手がポイントを上げる度に、例のグループも盛り上がっている。私も妻も試合の成り行きが気になって、そのうち食事も味が分からなくなってしまった。
此処でこういう試合を見ることになるとは思いも寄らなかったが、これも旅の楽しみのひとつだろう。
試合の結果は言うまでもないが、すっかり気分が良くなった私たちは、酔い覚ましにもうちょっと夜の街を歩いてみることにした。
歩きながら「松本城にまつわる怖い話を知ってる?」と妻に尋ねた。その唐突な問いかけに妻はビクッと身体を強張らせ、「いまそれを言うか!」と文句を言った。
実はこの旅行に先立ち、私はある一冊の本を読んでいた。その名も「日本名城紀行」。
小学館からシリーズで出ている本だが、一流の作家たちによる日本各地の名城の紀行文集だ。
その中で松本城について書いたのが山本茂実である。
この人の名前がピンとこない人でも、「ああ野麦峠」の作者と聞けばお分かりになるだろう。
山本茂実は此処、松本に生まれた人なのである。それゆえ子供の頃から、このお城を見て育ったのだが、意外なことに彼は松本城が好きではないという。その理由がこの名城が怨霊に祟られているからだと聞かされれば、これはもう身を乗り出さずにはいられない。
山本が語るには、子供の頃は天守がくの字に傾いていたのだそうだ。その理由を父親がわら細工をしながら教えてくれたのだそうだが、要するに重税を課せられた農民たちが一揆を起こし、それに対して城役人が「願いは聞き届けた」と偽り、首謀者である中萱加助らを捕えて城山で磔にしたのだった。
死を直前にした中萱加助は磔台の上から城を睨み
「さては奸吏どもたばかりしか、うーむ」と血走る憎悪の目で叫び、絶命した。この鬼気迫る加助たちの最期に、城は西南へめりめりと傾いた。また、のちに城主水野忠恒は乱心し、江戸城は「殿中松の廊下」で刃傷沙汰を起こし、御家断絶、城地召し上げとなってしまった。
刃傷沙汰を起こした水野忠恒に理由を問うと、切りつけた相手が加助に見えたのだという。
この話が本当かどうかは分からない。ただ、松本城の修理は幾度か行われたらしいが、そのための修理であったのかは定かではない。
「城に行く前にこの話を聞かせたら、絶対に行かないと言うに決っているからな」
私は並んで歩く妻にそう言った。
「でも、傾いていなかったね。呪いが解けたのかな」
妻は自分を安心させるようにそう呟いた。
翌日の早朝。
カーテンを開けると北アルプスの山並みが朝日に照らされて赤く燃えていた。
この景色を見た私は、改めてこの地を訪ねた幸運に感謝した。
写真上から
馬肉の朴葉味噌焼き
蕎麦刺し
北アルプスの朝焼け
妻からは空腹を訴えられ、何か信州の美味しいものでも食べに行こうと急かされた。
あまり遠いところへ行くのも寒いから嫌だと、ホテルの近くを歩き回っていると、居酒屋風の蕎麦屋を発見。早速入ってみることにした。
暖房が効いた店内はそれほど広くはないが、先客の男女グループが盛り上がっているところだった。何やら難しい言葉を交わしているところをみると、知的レベルの高そうな人たちである。年齢も30~40歳代といったところか。私も仕事柄、その方面には鼻が利く方なので、おそらく大学関係者なのかもしれない。
私と妻は店の隅に陣取り、早速メニューで品定めをする。やはり目は自然に馬肉を探しているが、蕎麦が食べられない妻は、鍋焼きうどんを見つけて小躍りしていた。
結局、悩んだ末に頼んだのは、馬刺しと馬肉の信州みその朴葉焼き、それから蕎麦刺しだった。特に蕎麦刺しは生まれて初めて食べる物で、蕎麦を板状に薄く伸ばし、刺身のように切ったものだ。それを山葵醤油につけて食するというもの。妻には悪いが、この日私が一番はまったのがこれだった。
ところでこの日は、全豪オープン女子シングルス決勝だったが、店内のテレビでもその模様が流されていた。大坂なおみ選手がポイントを上げる度に、例のグループも盛り上がっている。私も妻も試合の成り行きが気になって、そのうち食事も味が分からなくなってしまった。
此処でこういう試合を見ることになるとは思いも寄らなかったが、これも旅の楽しみのひとつだろう。
試合の結果は言うまでもないが、すっかり気分が良くなった私たちは、酔い覚ましにもうちょっと夜の街を歩いてみることにした。
歩きながら「松本城にまつわる怖い話を知ってる?」と妻に尋ねた。その唐突な問いかけに妻はビクッと身体を強張らせ、「いまそれを言うか!」と文句を言った。
実はこの旅行に先立ち、私はある一冊の本を読んでいた。その名も「日本名城紀行」。
小学館からシリーズで出ている本だが、一流の作家たちによる日本各地の名城の紀行文集だ。
その中で松本城について書いたのが山本茂実である。
この人の名前がピンとこない人でも、「ああ野麦峠」の作者と聞けばお分かりになるだろう。
山本茂実は此処、松本に生まれた人なのである。それゆえ子供の頃から、このお城を見て育ったのだが、意外なことに彼は松本城が好きではないという。その理由がこの名城が怨霊に祟られているからだと聞かされれば、これはもう身を乗り出さずにはいられない。
山本が語るには、子供の頃は天守がくの字に傾いていたのだそうだ。その理由を父親がわら細工をしながら教えてくれたのだそうだが、要するに重税を課せられた農民たちが一揆を起こし、それに対して城役人が「願いは聞き届けた」と偽り、首謀者である中萱加助らを捕えて城山で磔にしたのだった。
死を直前にした中萱加助は磔台の上から城を睨み
「さては奸吏どもたばかりしか、うーむ」と血走る憎悪の目で叫び、絶命した。この鬼気迫る加助たちの最期に、城は西南へめりめりと傾いた。また、のちに城主水野忠恒は乱心し、江戸城は「殿中松の廊下」で刃傷沙汰を起こし、御家断絶、城地召し上げとなってしまった。
刃傷沙汰を起こした水野忠恒に理由を問うと、切りつけた相手が加助に見えたのだという。
この話が本当かどうかは分からない。ただ、松本城の修理は幾度か行われたらしいが、そのための修理であったのかは定かではない。
「城に行く前にこの話を聞かせたら、絶対に行かないと言うに決っているからな」
私は並んで歩く妻にそう言った。
「でも、傾いていなかったね。呪いが解けたのかな」
妻は自分を安心させるようにそう呟いた。
翌日の早朝。
カーテンを開けると北アルプスの山並みが朝日に照らされて赤く燃えていた。
この景色を見た私は、改めてこの地を訪ねた幸運に感謝した。
写真上から
馬肉の朴葉味噌焼き
蕎麦刺し
北アルプスの朝焼け
コメント
堪能なさったようで良かった~♬
単純に松本城好きなんですけど、そんないわれがあったんですね。
松の廊下で刃傷って、浅野内匠頭だけじゃないんですね。恐ろしや。
そうだ!!実家高崎も三代将軍家光と将軍争いをし負けた駿河大納言忠長。高崎城に幽閉されて、今母のいるサ高住(ホーム)近くのお寺にお墓があります。
高崎の城跡には飛龍の松と言う名の松があり、乾櫓が残っているだけで。なのでお城の天守閣が残っている所が羨ましいです。
アミさんもおっしゃる様に旅の醍醐味はお料理!!
流石に馬肉は無理ですが…。(父の遺訓怖いですからね…笑)
仲睦まじいヒコヒコさんご夫婦。羨ましいですよ。ヒューヒュー(冷やかしてみました!!笑)
松本城をめぐる怪談、今度機会があったら松本の友人に聞いてみます。知ってるかな?
お陰様で松本を堪能することが出来ました。アミさんがおっしゃる通り、旅の醍醐味のひとつは食だと思います。そういう意味で、今回の旅行は成功でした。
そうそう、長野と言えば昆虫食ですね。さすがにそれは抵抗がありますけれども、未知の食文化に触れてみたいという思いだけは、いつも心に持ち続けています。
すみません。結局、怖い話になってしまいましたね。いつもこうやって妻を怖がらせては怒られています。
私も松の廊下の刃傷沙汰が、浅野内匠頭だけではなかったことを初めて知りました。尤もこちらの方は、将軍家所縁の大名ということで、切腹は免れたようですが。
子供たちも皆巣立ち、子育てからも解放されましたので、残り時間はなるべく妻と過ごそうかと思っています。ただ、そう思っているのは私の方だけかもしれませんがね (笑)
蕎麦刺しは本当におススメです。これでお酒をちびりちびりとやるのは最高です。
もし松本に行かれる機会があるのでしたら是非お試しください。
それともうひとつ、加助の怨霊の話はお年寄りなら知っているかもしれませんね。ただ、これも諸説あるようで、本当にあったのかどうかは分からないようですが。
機会があったら食べてみたいです。
お城にまつわる怖い話…私はそういうの大好きです!
いや、死人が出てるのに面白がっては不謹慎ですが。
いつか松本城に行くことがあったら、その話を思い出して
背筋を凍らせたいと思います。
松本城に限らず、お城には怪談が付き物です。
例えば伏見城の「血天井」とか、姫路城の「お菊井戸」、それに佐賀城の「化け猫騒動」など、怖い話が必ずひとつやふたつは必ずあるようです。
これはなにも日本に限った話ではないようですね。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城なども怖い話があるようですしね。
見た目に美しいお城だけに、余計に怖さが増すのでしょうか。chiakiさんもお城の怪談を思い浮かべながら寒い冬に出かけたら、背筋の一本や二本、簡単に凍りますよ!!