東京のど真ん中で税理事務所を構えている○田君が、二年ぶりに私を訪ねて来た。
今から十数年前、彼が脱サラして税理士の勉強に励んでいた頃、私のもとで仕事の手伝いをしてくれたことがきっかけとなり、以来親しくさせて貰っている。
すっかり成功者の顔になり、貫禄も十分である。
嬉しいことに、彼は自分の事務所の年賀状に、毎年私が撮影した風景写真を使ってくれている。
何もそこまでしてくれなくてもと思うのだが、あの当時のことを今でも恩に感じてくれているのだろう。
仕事柄、交友関係の広い彼は、有名な某アートディレクターに年賀状のレイアウトを頼み、その一通を毎年送ってくれるのだが、私の拙い写真もその人に手にかかるとなんだか意味ありげに見えてしまうから不思議だ。
ところで今回彼が私のもとを訪ねて来た理由は2つあった。
ひとつは私と飲みたかったこと。そしてもうひとつは、最近デジカメを買ったのだが、写真撮影についてレクチャーをして欲しいというものだ。
まあ、最初の要望には二つ返事で応えられるものの、写真のレクチャーに関しては自己流でやってきたので役に立つかどうか分からない。そのことを告げると、私のような写真が撮りたいからそれで良いという。
泣かせるねぇ。
よし、そこまで言うなら俺も男だ。知っている限りのことをすべてお教えしよう。
残っていた仕事を全部投げ出し、行きつけの居酒屋に飛び込んだ。
まず、カメラの扱い方から。
どんなカメラを買ったのかなと訊ねると、これなんですとカバンから取り出したのは、私にはとても手の届きそうもない高級一眼デジタルカメラであった。
渡されてズシリとくるその重みは、まさに高級機特有のもの。
オジサンは恐れ多くてこんな高級機、店頭でさえ触る気にもなれないのに、ポイと渡されてしまったものだから狼狽してしまった。
「ええと、ここがシャッターね。それからここがファインダーでしょ。このダイヤルを回すと、おそらく絞りが変えられるのだよねと思うわけ」
そんなことは分かっているわいと言われそうなことを、しどろもどろに説明するが、人間が出来ている○田君は真剣な表情で相槌を打ちながら聞いてくれる。
そんな彼に少しはカメラ慣れしているところを見せてやろうと、おもむろにカメラを構えてカウンターへ向けると、ひげ面の親方がファインダーの中でニッと笑う。
チッと舌打ちして、女の子がいないか探してみたものの、生憎生活に疲れたようなオッサンばかりで撮影意欲が湧かない。
手元の器の中にお通しの煮だこが入っていたので、仕方なくそれを撮る。
彼にそのままカメラを渡すと、すかさずモニターをチェックして
「煮だこですね。こういうのもよく撮られるのですか」
答えに窮した私は「料理の撮影は基本だよ。いかに美味しそうに撮るか。カメラマンの腕が試されるのがこういう被写体だね」といい加減なことを言う。
「なんだか黒ずんでいて、あまり美味しそうではありませんね」
その一言にドキリとしながら
「食材の良し悪しというのもあるからね。今日のはたいしたことないな」
カウンターの中の親方と目が合う。ニッと笑う親方。遠くを見る私。
その後は彼から鋭い質問が次々に飛び出し、こちらもだんだん酔っ払った勢いで精神論にまで話が及んでいく。
「結局、数を撮らないと上手くならないということですよ。かつて写真家の土門拳は、フィルム代もさることながら、現像のために使った一ヶ月の水道代が、銭湯と同じくらいかかったというからね。その点、デジカメはいいよね。フィルムと違って枚数を気にせずに撮影できるから。でもね...」
真剣な表情で話を聞き入る○田君。
「撮影後の飲み代はかかるよ。デジカメになってもね」
椅子から転げ落ちそうになる○田君であった。
今から十数年前、彼が脱サラして税理士の勉強に励んでいた頃、私のもとで仕事の手伝いをしてくれたことがきっかけとなり、以来親しくさせて貰っている。
すっかり成功者の顔になり、貫禄も十分である。
嬉しいことに、彼は自分の事務所の年賀状に、毎年私が撮影した風景写真を使ってくれている。
何もそこまでしてくれなくてもと思うのだが、あの当時のことを今でも恩に感じてくれているのだろう。
仕事柄、交友関係の広い彼は、有名な某アートディレクターに年賀状のレイアウトを頼み、その一通を毎年送ってくれるのだが、私の拙い写真もその人に手にかかるとなんだか意味ありげに見えてしまうから不思議だ。
ところで今回彼が私のもとを訪ねて来た理由は2つあった。
ひとつは私と飲みたかったこと。そしてもうひとつは、最近デジカメを買ったのだが、写真撮影についてレクチャーをして欲しいというものだ。
まあ、最初の要望には二つ返事で応えられるものの、写真のレクチャーに関しては自己流でやってきたので役に立つかどうか分からない。そのことを告げると、私のような写真が撮りたいからそれで良いという。
泣かせるねぇ。
よし、そこまで言うなら俺も男だ。知っている限りのことをすべてお教えしよう。
残っていた仕事を全部投げ出し、行きつけの居酒屋に飛び込んだ。
まず、カメラの扱い方から。
どんなカメラを買ったのかなと訊ねると、これなんですとカバンから取り出したのは、私にはとても手の届きそうもない高級一眼デジタルカメラであった。
渡されてズシリとくるその重みは、まさに高級機特有のもの。
オジサンは恐れ多くてこんな高級機、店頭でさえ触る気にもなれないのに、ポイと渡されてしまったものだから狼狽してしまった。
「ええと、ここがシャッターね。それからここがファインダーでしょ。このダイヤルを回すと、おそらく絞りが変えられるのだよねと思うわけ」
そんなことは分かっているわいと言われそうなことを、しどろもどろに説明するが、人間が出来ている○田君は真剣な表情で相槌を打ちながら聞いてくれる。
そんな彼に少しはカメラ慣れしているところを見せてやろうと、おもむろにカメラを構えてカウンターへ向けると、ひげ面の親方がファインダーの中でニッと笑う。
チッと舌打ちして、女の子がいないか探してみたものの、生憎生活に疲れたようなオッサンばかりで撮影意欲が湧かない。
手元の器の中にお通しの煮だこが入っていたので、仕方なくそれを撮る。
彼にそのままカメラを渡すと、すかさずモニターをチェックして
「煮だこですね。こういうのもよく撮られるのですか」
答えに窮した私は「料理の撮影は基本だよ。いかに美味しそうに撮るか。カメラマンの腕が試されるのがこういう被写体だね」といい加減なことを言う。
「なんだか黒ずんでいて、あまり美味しそうではありませんね」
その一言にドキリとしながら
「食材の良し悪しというのもあるからね。今日のはたいしたことないな」
カウンターの中の親方と目が合う。ニッと笑う親方。遠くを見る私。
その後は彼から鋭い質問が次々に飛び出し、こちらもだんだん酔っ払った勢いで精神論にまで話が及んでいく。
「結局、数を撮らないと上手くならないということですよ。かつて写真家の土門拳は、フィルム代もさることながら、現像のために使った一ヶ月の水道代が、銭湯と同じくらいかかったというからね。その点、デジカメはいいよね。フィルムと違って枚数を気にせずに撮影できるから。でもね...」
真剣な表情で話を聞き入る○田君。
「撮影後の飲み代はかかるよ。デジカメになってもね」
椅子から転げ落ちそうになる○田君であった。
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